大判例

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仙台高等裁判所 昭和30年(う)23号 判決

控訴人 被告人 小野駒次

弁護人 伊藤俊郎

検察官 馬屋原成男

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

原審における未決勾留日数中十五日を右本刑に算入する。

理由

被告人及び弁護人伊藤俊郎の控訴趣意は記録中の被告人並びに同弁護人提出の各控訴趣意書記載の通りであるから之を引用する。

弁護人の控訴趣意第二点及び被告人の控訴趣意について

所論は要するに被告人は本件自転車を拾つたもので盜んだものではないから占有離脱物横領罪を構成することあるも窃盜罪は成立しないというのである、よつて先づ本件自転車が占有者の意思に基かずしてその占有を離脱したものか否かの点につき考察するに、原判決挙示の証拠並びに当審における事実取調べの結果に徴すれば平形辰雄は松島町字高城、内海忠蔵方のアイスキヤンデーの売子であるが毎日その行商から戻ると同人方では焼酎約一合を飲ませる慣例になつていたところ昭和二十九年八月三日は売上が多かつたので、特に焼酎約三合を飲まされ(当審証人内海あき子の証言参照)午後七時半頃本件自転車をひいて同人方から帰途に就いたのであるが空腹であつた為酩酊の程度がひどく、その後の事については、松島第一小学校前の県道端の当審検証調書(は)点に自転車は路上に倒れ、それに積んであつた荷物はその道端に落ちたのを、そのまま放置して同所を立去り、その後同所の南方約百十米の知人吉田福太郎方に立寄り、同人の息子一に送られて相沢キヤンデー屋迄行き、そこから妻と共に帰宅したこと右吉田方に立寄つた当時はひどく酩酊して居り、吉田方から相沢方迄は吉田一に肩を貸して貰つて送られて行つたものであること等は明かであるが、平形は酩酊のため記憶がなく右吉田福太郎方に立寄り吉田一に送られて帰つたことはもちろん、自転車を放置した場所についても、右の(は)点よりは約六十米南方の県道端たる当審検証調書(ろ)点であると記憶している始末であつて以上の外平形のその間の行動は一切判明しないし、同人の供述する如く松島第一小学校北の門の北東の辺から自転車に乗つて来たものであるとか、(ろ)点で自転車諸共道端の水溜りに倒れて、そこで二、三分して起上つたところ、自転車がなくなつていたとかいう如き、同人の記憶は到底信頼しがたい、むしろ右の判明しているだけの事実からすれば平形は前記(は)点において自転車諸共倒れその後自転車を放置して吉田方に来たものであり、吉田方に来た頃は自転車のことは失念し、その所在も判らなくなつていたものであると認めるのが相当である。そうだとすればその自転車は平形の意思に基かずして同人の所持を離れたもので、かつ少くとも平形が吉田方に来た頃には、その自転車は平形の事実上の支配から離れたものと認めるのを相当とする、一方被告人が本件自転車を前記(は)点で発見領得した当時平形がその附近にいたものとは認められないので被告人がその自転車を発見領得したのは既に平形が、その自転車の事実上の支配を失つた後であると認めざるを得ない、されば、たとえ被告人が窃盜の意思を以て右自転車を自己の支配内に移したとしても、その不正領得の目的物である自転車が他人の占有を離れた物である以上、これを領得した場合、占有離脱物横領罪を構成し窃盜罪は成立しない。然らば被告人の窃盜事実を認定した原判決は証拠の価値判断を誤り事実の認定を誤つた違法があり、しかもこの誤りは判決に影響を及ぼすことはもちろんであるから原判決は破棄を免れない、論旨は理由がある。

よつて弁護人爾余の控訴趣意に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則り原判決を破棄し同法第四百条但し書により当裁判所に於て更に次の通り判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は昭和二十九年八月三日午後八時頃宮城県宮城郡松島町松島、松島第一小学校前道路において、占有を離脱した平形辰雄所有の中古自転車一台を拾得横領したものである。

なお被告人は(一)昭和二十三年九月二十五日仙台簡易裁判所に於て窃盗罪により懲役一年六月(未決勾留日数中三十日を算入)に(二)昭和二十六年十月四日同裁判所に於て窃盗罪により懲役一年六月(未決勾留日数三十日算入)に、(昭和二十七年四月二十八日政令第百十八号減刑令により懲役一年一月十五日に減軽)(三)昭和二十八年三月二十五日同裁判所に於て窃盗罪により懲役一年(未決勾留日数中百二十日算入)に処せられ、当時いずれもその刑の執行を終了したものであることは前科調書の記載により明かである。

(証拠の標目)

判示事実は

一、原審第一、二回公判調書中被告人の供述記載

一、原審第二回公判調書中証人平形辰雄の供述記載

一、当審における証人平形辰雄尋問調書の記載

一、同証人内海あき子、同吉田福太郎、同吉田一の各尋問調書の記載

一、当審検証調書の記載

一、吉田福太郎の司法警察員に対する供述調書の記載

によつてこれを認める。

(法令の適用)

法律に照すと被告人の判示所為は刑法第二百五十四条に該当するところ所定刑中懲役刑を選択し前示前科があるので同法第五十六条第一項第五十九条第五十七条により累犯加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し同法第二十一条を適用し原審における未決勾留日数中十五日を右本刑に算入すべく、訴訟費用はすべて刑事訴訟法第百八十一条第一項但し書により被告人に負担せしめないこととし主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 蓮見重治 裁判官 細野幸雄)

弁護人伊藤俊郎の控訴趣意

第一点原判決は被告人の自白を唯一の証拠として事実を認定した不法がある。即ち原判決が被告人の自白を補強する証拠として挙示する証人平形辰雄の原審公判廷における供述及び同人作成の被害届書の記載は一見被告人の自白の真実性を裏付ける証拠と見られないことはない(第二回公判調書記録四九丁以下及び十一丁)しかし(一)本件の被害者である右平形辰雄の司法警察員に対する供述調書の記載によれば左のとおりである(記録十八丁裏以下)「私は酒が弱い方ですが相当御馳走になりましたので酔つて仕まいました内海さんの家は午后七時半頃出まして酔つていたので自転車には乗らずひつぱつて行きました松島海岸の第一小学校の右側の入口辺りの道路から大丈夫と思い自転車に乗りましたが学校の左側の入口辺りの道路まで来ました時そこにころんで仕まいましたそのころんだ時塩釜の方に向いて道の左側の海辺(あしの生えてぴちやぴちやしているところ)に入つて仕まいました、その時自転車も道路のところに倒れました私は倒れる時地面に胸をぶつて苦しくなり三分位い夢中にうつ伏せになりそうして起き上がりましたがその時見ると自転車は無かつたのでした私はその三分間の位寝た訳では有りませんが自転車が無くなつたのに気が付かず又その時人影があつたかどうか等についても分りませんでしたその分らないと云ふ事は私が矢張り酒に酔つていた為と思います」(二)被告人の司法警察員に対する供述調書(第三回、記録七三丁裏以下)の記載によれば「吉田の家によつてみようと思つてぶらぶら来たら吉田の家の先の方で酔つぱらいの様な男がぶらぶらしておりその近くに自転車が立てられてあつたのです自分はそのままだまつて見ておつたらよつばらいは自転車の方からだんだん離れて高城の方に行つてしまいました自分はその時自転車を盜らうと云う気になりました」以上のとおりであり被害者平形辰雄は当時飲酒酩酊し全然当時の記憶がなく心神喪失又はそれに近い状態にあつたことが窺われ従つて同人が証人として当時の状況について原審公判廷において被告人の自白を補強するが如きに供述したとしてもその証言は到底措信し得べからざるものでありこのことは同人作成の被害届の記載についても同様であり結局原判決は被告人の自白を唯一の証拠として事実を認定したことに帰着する。

第二点原判決は法令の適用を誤つた不法がある即ち原判決挙示の証拠に被告人の司法警察員に対する第三回供述調書の前記載部分を綜合して考察すれば判示自転車は当時その所有者である平形辰雄の占有をその意思に基かずして離脱していたもので(人の置きざりにした物、隣家から飛んで来た洗濯物と全く同じ)従つて被告人の所為は刑法第二五四条に問擬すべきものであり本件公訴事実については無罪の言渡がなさるべきものである。

第三点前摘示の事実関係によつても本件犯罪の態容には情状酌量すべき余地があり且つ本件による被害は殆んど皆無であつてこれらの点を御斟酌の上前科ある被告人に対し更生のため特に御減刑あらむことを懇願する。

被告人小野駒次の控訴趣意

昭和二十九年十二月九日仙台簡易裁判所に於て懲役一年未決通算十五日の判決を受たるも此の判決に対し昭和二十九年十二月二十二日控訴致した者であります。右事実に就いて申上げます。私は塩釜魚市場に働いて居りましたが事件当日の事に就いて申し上げます。昭和二十九年八月三日松島町の友人宅に参りましたが友人が在宅せず帰路につきました其の時は午後八時頃で私は徒歩二三丁五六分近くの道路右側の泥谷地に中古自転車一台投げ捨てられてあつたのを発見しましたここで私はあいて投げ捨てあると言ふ言語を使用致しますが飲酒酩酊の私の目にしかも此の言語にふさわしい位使い古されて居るので私ばかりで無く何人が見ても投げ捨てあつたとしか形容出来なかつたと存じますしかも其の古自転車は前記の如く泥ねいの中に捨ててあつたのでありましたものですからであります、この時私はこのまま通り過ぎれば良かつたのでありますが前記の如く飲酒して居りいたづら気と申しませうかその自転車を泥水の中より拾い上げ乗つて見ました所一応動きますので自分の軽卒さを返り見ず其のまま乗つて帰路についたものであります所が十五六丁来た所で折柄丁度通りかかつた巡査に呼び止められ尋問を受けましたその時応答中誰の自転車かの問に対し私はす直にありのまま申し上げれば良かつたのであります御諒承の如く私には前科もありこうした警察官の人々には特別無意識にの裡に警戒的になり又何にかとこうした心理も相手方から常に猜疑的に見られるとの先入観からして此の時も私は見なれぬ自転車に乗つて居り事もあらぬ疑を受け又拾つて来たなどと云つてもかへつて面倒となると思いあまつさい飲酒して居つたので尚更こんな気持が交々になり遂に知人より借りて来たのだと云つて仕舞ひました、しかし私は決して盜んで来たものではなし何等心にやましい所がなかつたので自分の住所姓名をはつきり云つたのであります。それから又市場へ帰つて休んで仕まいました其の時に自転車は途中の道路の側に投げ捨ててしまいました、翌日朝の仕事の終つた九時頃に行きつけの飲屋に一杯飲ふと思つて行つた所昨夜捨てた自転車が其の頃までありましたのでふたたび其の自転車を持つて飲屋へ行き私は昨夜こんなボロ自転車拾つて来たから使えるなら使えと云つて呉れてやつたのであります其の後私は船に乗つて漁業に働く事になりたまたま十日十五日に私の船に接舷して居る船に窃盜事件が起り私に疑いがかかり警察に拘引された際前記自転車の事で尋問された時私はこの様子をありのまま申述べましたがこの自転車の持ち主である平形と云ふ人が盜まれたと云ふ届けを出して居ります為め窃盜罪として起訴され有罪の判決を受けたのであります。

しかし私は決して盜んだのでは無く拾つたものであり、さりとて之を立証すべき何物もなく全く不利な立場になつたのであります、先づ私も当日飲酒して居り正常な理性がなく、あまつさい途中巡査の尋問に対し前記の如き浅はかな考から真実を申し上げなかつた上一旦自転車を投げ捨ておきながら他人に呉れてやつた事等疑われる事に十分ではありますが反面其の自転車の持主である平形なる人物も相当泥酔して居り自分の自転車の明くる朝まで知人の所に尋ね歩き始めて乗り前記の如く泥酔の結果のり捨た事に気がつき盜なん届けを出したものであります其の自転車のある場所はいくら泥酔して居るものでも、ねて居られる所ではありません、この事実に対しては一しんのさい、弁護人より実地検証の提案をしましたが却下になりました、又事実平形が盜まれたものなれば其の夜すぐ届け出るものなれと翌日になつて届け出したのでも私は捨たものと思ひます。

以上の如く種々嫌疑を受け事に不利の下にありますものの私は飽迄で盜んだものではありません依つて私は窃盜罪に対し無罪を主張致すものであります。何卒良ろしく御検討の上御正当なる御判決をお願ひ上る次第であります。

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